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2021.7.1

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光と影が織り成す
京都府立旧本館を訪ねて
Old Building’s Story

京都御所のほど近く。かつて茶の湯に用いる釜を鋳造していた釜師が多く住んでいたことを由来とする釜座通りを北に抜けると、その突き当たりに、ひときわ目立つ大きな洋館が建っている。
その洋館の名前は、「京都府庁旧本館」。現役で実務が行われている観光庁舎としては日本最古の建築物。長い歴史を持つこの建物に耳を傾けてみると、それぞれの想いで携わった様々な人々の足跡に触れることが出来る。そうした人々の足跡に耳を澄ましながら、この歴史ある洋館の物語を辿ってゆきたい。

運命に翻弄された建築家の物語

将来を嘱望された若手建築家が設計

「京都府庁旧本館」は、当時26歳の若さであった 京都出身の建築家 松室重光(1873~1937)の手によって設計された。
今から遡ること100年以上も前の1904年(明治37年)に竣工したという、その内に一世紀もの長い時の流れを秘めている洋館だ。
平成という時代が終わりを告げ、新たな元号である令和という名前が発表された今、明治、大正、昭和、平成という四つの時代の移り変わりと共に歩んで来たことになる。

建設当時、国内に蓄積された西洋建築技術の粋を結集し、設計され「現今府県庁の建築としては、東京、京都、兵庫の二府一県なるが、吾輩が観る処によれば新式なるだけの点に於いて京都は遙かに東京、兵庫を凌駕し、全国第一として誇るに足るべし」とも言われ、全国から見学者が絶えなかったと言われている。

設計を担当した建築家の松室重光は、当時の京都の地においてはじめての建築家であり、西の伊東忠太(1867~1954)とも称されるほどの建築家であったという。
伊東忠太という建築家は、「平安神宮」、「築地本願寺」などの代表作で知られ、法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示すなど、日本の建築史の体系を初めて樹立した人物でもあり、押しも押されぬ建築界の巨人の一人である。
そうした人物と並び称されたという事実に、松室重光の建築家としての評価の高さを窺い知ることが出来る。

時の流れを感じさせる建築様式は、多くの人々を惹きつけ、撮影の現場でも使われることも多い。

夢の彼方へと消えた美しい景色

また松室重光は、西洋建築だけでなく、古社寺保存にも積極的に関わった人物としても知られ、浄瑠璃寺、平等院鳳凰堂、大徳寺唐門、清水寺本堂など今もなお広く知られる数々の寺院の保護に携わっていた。
そうした活動を背景にしながら、1898年から古社寺保存運動の中心人物でもあった内貴甚三郎が市長になったことが機縁となり、「古都」 京都復興のための都市計画にも中心的に関わるようになる。
そうした活動の中で、かつての羅城門跡と朱雀門跡を結ぶ道路(現在の千本通)を広げ、歴史を認識できる美しい街づくりの実現を構想していたという。

しかし、そうした志とは裏腹に、1904年、なんと京都府庁の完成後に部下の汚職に連座したとして官職を辞し、京都を去らねばならないことになったのである。

その後、松室は各地を転々としながら、1930年に独立し、松室建築事務所を構えるものの、その後京都において新たな建築を手掛けることはなかった。事実上、京都府立旧本館が京都での遺作になったのであった。

夢物語に過ぎないが、もし松室重光がそのまま京都で建築家としての活動を続けていたのなら、今私たちが目にしている京都の景色とは全く異なる美しい景色が広がっていたのかもしれない。

この洋館の背景には、そんな一人の人間が描き出した、儚くも消えていった美しい夢の景色が隠されているとも言えるのではないだろうか。

桜の木と共に変わりゆく人々の想い

西洋と東洋の美意識が融合する場所

そうした西洋的な建築技術を結集した建築物と対をなすように、庭園は、明治・大正期の最高の庭師とも言われた、小川治兵衛(1860 ~ 1933)が手掛けている。
彼は、近代日本庭園の先駆者とも称され、250年もの歴史を持ち、今なお造園業を営み続ける「植治」の7代目を襲名した人物である。

小川治兵衛は、水の流れを生かした自然な景観作りを得意とし、水と石の魔術師とも謳われ、名勝・無鄰菴を筆頭に、南禅寺界隈の財界人の作庭を手掛けた他、平安神宮神苑、円山公園、慶沢園(大阪・天王寺)など数々の名庭を手掛けたことで知られる庭師である。
そうした事実を鑑みると、まさにこの場所は、当時の日本における西洋建築技術の粋と当代随一の庭師による庭園が融合した「西洋と東洋の美意識が融合した稀有な場所」とも言うことが出来るのではないだろうか。

そして、そんな庭園の中庭には、一本の大きな桜の木が植えられている。
この桜の木は、円山公園を代表する桜の木、二代目祇園しだれ桜の実生木(種から育てられた木)である。
植樹に携わったのは、京都で代々200年近くもの間、造園業を営む「植藤」の16代目 佐野藤右衛門とその先代である父。
16代目 佐野藤右衛門は、世界的な彫刻家イサム・ノグチとの協働で、世界各地で数々の庭園を手掛けたことでも知られている。
そんな今では、堂々とした佇まいで毎年美しい花を咲かせているこの桜の木ではあるが、成長を重ね、現在に至るまでの歴史を辿っていくと、その背景には、決して一筋縄にはいかない桜の木の成長を人知れず支え続けた人々の物語が隠されていた。

桜の木と人々の物語

二代目祇園しだれ桜の実生木であるこの桜の木は、初代祇園しだれ桜の孫にあたる木だ。その初代の桜は、遡ること250年前、1747年に植えられたものである。
時は江戸時代、享保の改革を行なったことで知られる 第8代目将軍 徳川吉宗や日本地図を初めて作り出した伊能忠敬が生きた時代から、明治・大正・昭和と様々な時代の移り変わりを乗り越えながら、数多くの人々の心を美しい花で和ませた由緒ある桜の木である。
しかし、1947年に、その初代しだれ桜は、長年の役目を終え、枯れてしまう。
そして、その後、2代目となる現在の桜の木が植えられるのだが、今のような美しい花を咲かすまで、決して順調には進まなかったというのだ。

先代である父が、初代の桜の木から種を採取し、植えたものの、百ほど発芽した中で無事に残ったのは、たったの四本。
うち三本を円山公園に移し替えることになり、市の希望を受けて初代の桜の木が元あった場所に植えることになるのだが、桜は連作(同じ場所で同じ作物を繰り返し育てること)を嫌う植物のため、なんとトラックで二十台分ほどの土を入れ替えることに。
さらに当時はトラックが使えなかったために、牛車で土を運んだというから、その大変さは現在とは比にならないものだろう。
さらに苦労は続き、その三本のうち、一本は火事で焼け、一本は枯れてしまう。

しかし、そうした苦労にも関わらず、当初二代目となる現在の祇園しだれ桜は、初代の立派なイメージと比較され、あまり評判は良くなかったというのだ。
そのうえ、なかなか花を咲かせず、ようやく花を咲かせたのは五年後。
ようやく見られるようになるには、さらに十年もの年月を要したという。
16代目 佐野藤右衛門は、その時のことを振り返ってこう語っている。

「親父は気にして気にしていました。どこへ出かけても必ず円山公園を通って、ようすを見に行っていましたから。今はみごとに咲いていますし、ようけ見に来てますやろ。でも親父の苦労を知る人は少ないでっしゃろ。」
(著者 : 佐野藤右衛門 聞き書き : 塩野米松 『桜のいのち庭のこころ』 ちくま文庫より )

中庭にあるしだれ桜、春には大勢の花見客で賑わう

そうした知られざる様々な苦労を乗り越えた桜の木の実生木として育てられたのが、この中庭にある桜の木なのだ。
初代の育んだ250年という歴史、そして数々の苦難を乗り越えながら、美しい花を咲かせた2代目の桜の木、そんな様々な歴史がこの中庭にある桜の木の中には流れている。
そして、そこにはまた、美しい花を咲かせるために懸命に木の成長を支え続けた人々の物語が流れているのだ。

時の流れと共に変わりゆく関係性

春には、中庭で美しい桜が花開き、たくさんの人々が喜びの声を上げながら、春の穏やかな美しさを求めてこの場所に集まる。
はるか昔、威風堂々とした佇まいで、技術を誇り、多くの人々に仰ぎ見られていた往年の姿は、もうここには見つけることは出来ない。
その壮観な佇まいは今も昔も変わらないままだが、長い時の流れが建物と人々の関係を大きく変えてしまった。

生意気で無鉄砲であった青年が、様々な経験を経る中で、穏やかな老年を迎えるように、時のふるいは、 力強いこの建物をも穏やかに包み込んでしまったようだ。
時の流れにあがらうのではなく、身を任せることで生まれる美しさ。古い物に出会う度に感じる美しさが、この場所にも確かに息づいている。

そして、そうした美しさの背景に流れる、一人の建築家の熱い想いと数奇な運命、才気あふれる稀代の庭師による作庭、その庭に咲き誇る桜の木に隠された長い歴史と人々のひたむきな想い。
そんな様々な物語に触れた時、また違った魅力をこの場所に見つけることが出来るのではないだろうか。
もし何かの折に訪れる機会があるのでれば、そうした重なり合う様々な物語に、思い思いの在り方で、ぜひ耳を傾けて頂きたい。
時を経る中でしか見つけることの出来ない、ここにしかない美しさに想いを馳せながら。

Reference :

  • 「松室重光と古社寺保存(日本建築学会計画系論文集 第613号)」
    著者:
    清水重敦
    出版:
    日本建築学会
  • 「桜のいのち庭のこころ
」
    著者:
    佐野藤右衛門
    聞き書き:
    塩野米松
    出版:
    ちくま文庫
Category :
  • text/photo :
    STUDIO HAS

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