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鬼才画家 エゴン・シーレの物語・後編

Egon Shiele's Story
全1話

わずか28歳でこの世を去った夭折の天才画家、エゴン・シーレ。
彼の描いた時に異様さを伴うような、躍動的で美しい作品の数々は、今もなお多くの人々の心を捉え続けている。
そんな数々の作品を作り上げた画家の人生に耳を傾けてみると、様々な苦難に直面しながらも情熱を持って歩み続ける、一人の青年の姿があった。
世紀末のオーストリアを狂おしいまでの情熱で駆け抜けるように生きた、エゴン・シーレ。
様々な作品の裏側に隠された、一人の画家の人生の物語を辿ってゆく。

エゴン・シーレ

1890年から1918年にウィーンを中心に活躍したオーストリア人画家。
幼少期から類稀なる才能の片鱗を見せる。だが、その才能ゆえに世間の常識や規則との軋轢に苦しみ、数々の称賛を受けながらも、常に様々な批判にさらされる。
そうした苦難を乗り越え、1918年、第49回ウィーン分離派展に出展した作品が大きな注目を集める。しかし、同年ヨーロッパを中心に流行したスペイン風邪によって、若干28歳の若さでこの世を去る。


Chapter list
Two Girls lovers, 1911

名声、苦悩、早すぎる死

ノイレングバッハ事件と投獄

時を同じくしてシーレは、「永遠なる子供」と表現していた自分自身と重ね合わせるかのように、シーレの被写体への興味は大人のモデルから子供のモデルへと移り変わっていった。
そして、引っ越した先であるノイレングバッハで出会った好奇心旺盛でわんぱくな子供たちは、未知の世界から来た見聞ある大人に憧れを抱き、シーレが払えるだけのわずかな報酬にも喜んで応じ、子供たち自身が進んでモデルとなり、シーレは、子供をモデルにして様々な絵を描いていった。
その関係は、決して後ろめたいものではなく、概して無邪気なものであったが、都会であるウィーンとは異なり、当時まだまだ閉鎖的であった田舎では、その光景は受け入れ難いもので、周囲の目は非常に厳しいものであったという。

moa, 1911

そんな中、一つの大きな事件が起きる。後に、ノイレングバッハ事件と言われる事件である。
当時、村に住む退役海軍将校の娘タナチアがシーレに熱烈な憧れを募らせ、シーレに付きまとっていた。そして、1912年の春のある日、家出をつげ、シーレと当時のパートナーであるヴァリーのいる村から遠く離れたアトリエに押しかけたのである。追い返すことも出来ず困り果てた二人は、仕方なしに近くのホテルで三人で宿泊し、翌日にタナチアを連れてノイレングバッハに引き返すことに。

しかし、なんとちょうどその時、タナチアの父親が誘拐とレイプの嫌疑でシーレを警察に告訴していたのだ。
実際の所、誘拐の容疑は取り下げられたものの、そのことをきっかけとして警察がシーレのアトリエを調べた結果、エロティシズム的な表現を持つ作品を発見し、「公序良俗に反する行為」の罪とタナチアと肉体的な関係は持っていなかったにも関わらず「未成年の少女に対する性犯罪」の罪で立件されてしまうことになったのだ。
結果的に短い期間ではあったが、冤罪にも関わらず24日間もの間、勾留されることになった。

Reference :

  • 「エゴン・シーレ 傷を負ったナルシス」
    著者:
    ジャン=ルイ・ガイユマン
    監修:
    千足伸行
    翻訳:
    遠藤ゆかり
    出版:
    創元社
  • 「エゴン・シーレ ドローイング 水彩画集」
    著者:
    ジェーン・カリアー
    翻訳・編集 :
    和田京子
    出版:
    新潮社
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